リースリングのあの香り

Written by Bungo Matsunaga

今日は少しマニアックな話題です。リースリングの代表的な香りに、ぺトロール香と呼ばれる香りがあります。ぺトロール=石油のような香りと言われていて、熟成したリースリングにはよく感じられるあの独特の香りですね。ぺトロールと言われても食欲はあまり刺激されませんので、最近はカモミールなどの花の香りに例えることもあります。シャルドネやソーヴィニヨン・ブランなどの他の品種ではめったに感じることのない香りなので、ブラインドテイスティングにおいてもこの香りの存在は品種や場所を推測するのにヒントとなることが多いです。今日はこの香りにフォーカスします。

ぺトロール香の原因物質 TDN
ワインの芳香成分はいくらか特定や分離、また増減させる研究が進んでおりまして、実際のワイン造りにまで応用がすすんでいるものもあります。代表的なものとして、日本人が特定した3MHがありますね。これは甲州やソーヴィニヨン・ブランに含まれるグレープフルーツのような香りと言われておりまして、ブドウ中に含まれる3MHの前駆物質まで特定し、それが最大になるタイミングで収穫したワインは、爽やかなアロマが魅力的なワインになります。
リースリングのぺトロール香についても物質が特定されています。Trimethyl dihydronaphthalene (トリメチル・デヒドロナフタレン、以下略してTDN)という物質です。この物質はブドウの中には存在せず、カロテノイドと呼ばれる前駆物質の状態で存在します。これは広葉樹などにみられる黄色の成分として知られており、ブドウの成熟に伴いC13-norisoprenoidsという物質に変化、糖分と結びついた状態でワイン中に存在し、熟成に伴いTDNを放出する、というメカニズムです。
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TDN増幅の条件
では、どのような条件でこのTDNは多くなるのか、それを検証した論文があります。”Aged Riesling and the development of TDN”と題されたオーストラリアの論文では、「産地(オーストラリア国内)」「熟成年数」「クロージャー(コルクorスクリュー)」3つのパラメーターの異なるワインサンプルを集めTDNを測定。どの条件でTDNがより強くなるのかを検証しています。ここで問題ですが、この3つの条件のうち、どの条件が最もTDNの増減に深くかかわっていたでしょうか。結果の表はこちらです。
joe 縦軸がTDNの濃度、横軸がビンテージ(右に行くほど古いビンテージ)を表しています。一番左の2011年ではTDNは少なく、サンプル間の差も小さいですが、右に行くにつれ(古いビンテージになるにつれ)濃度が大きく、かつサンプル間の差が開いてくるのがわかると思います。著者はここで、TDNの増幅具合は「熟成年数」>「クロージャー」>「産地」の順に強い、と主張しています。熟成年数はともかくとして、クロージャーの違いによりTDNが変わる、というのはどういうことなのでしょうか。
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上の図は、オレンジで表されたEden Valleyの結果を大体の線で結んだ図です(近似直線をとっているわけではなく、目測によるざっくり直線です。悪しからず)。がスクリューキャップ、がコルクのものを示しており、それぞれの線を比べると、若いうちは差がないですが、熟成につれスクリューのTDNがグンと上昇しているのがわかると思います。
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上図の通りアデレード・ヒルズで同様の比較をしても、同じ傾向にあることがわかります。つまり、リースリングにおいてクロージャーの選択は熟成の方向性を決める大事な要素である、ということが示唆されています。

栽培におけるぺトロール香
もう一つ紹介する論文が、栽培においてぺトロール香が増える条件を検証した実験です。”Shedding light on the modulation of key Riesling aroma compounds in changing climate”と題されたこの論文では、「産地(気温)」「除葉の有無」「ブドウへの遮光の有無」3つの要素について比較し、TDNが畑において増幅される条件を調べました。試験はBarossa ValleyとEden Valleyの畑に、それぞれ以下の4つの試験区を設け、それぞれTDNを調べました。
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簡潔に4つの試験区を述べると、
・Control=なにもしない
・除葉区=葉を取り除く(日光がブドウに照り付ける)
・遮光区=ブドウに覆いをする区(日光が当たらない)
・除葉遮光区=遮光と除葉をどちらも行う(日光がブドウに照り付けるが、遮光されて当たらない)
となります。これの結果が下図です。
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ブドウに対する日光の照り付けは除葉区>Control>遮光区=除葉遮光区となりますが、まさにこの通りにTDNの量が変化していることがわかります。ちなみに赤と青のグラフはBarossa ValleyとEden Valleyで地域差を示しています。この2つの産地間では夏の温度差が2度あるのですが、産地による差は認められませんでした。つまり、TDNは気温の差よりもブドウへの日照量により変化することを示唆しています。(但し、個人的には気温差についてはより差がある産地間で比べてもよいとは思います)

ぺトロール香への評価
以上の知見をまとめると、リースリングのぺトロール香は、畑においては「ブドウへの日照量」、ワインが造られてからは「熟成年数」と「クロージャーのタイプ」によって大きく左右される、ということが示唆されました。最後に、ではこのぺトロール香はどのように評価されているかについて。このぺトロールの香りは、昔から熟成リースリングの典型的な香りとしてポジティブにとらえられてきましたが、最近では否定的にとらえる見方もあるようです。特にドイツやオーストラリアにおいては、若いうちにこの香りが出てくるのは栽培において問題があった証、とも言われています。クレア・ヴァレーの先駆的生産者ジム・バリーのピーター・バリーはぺトロール香を「間違いなく欠陥臭だ」と言い切ります。「リースリングは他の品種よりも10倍直射日光に敏感な品種で、(中略)真に熟成したリースリングからは蜂蜜、ムスク、マーマレードの香りが開くもので、ぺトロールの香りはしない」。ぺトロールの香りは太陽によって焼けたブドウ(sun burnt grapes)によっておこると考えているようです。
生産者サイドに立つとこの香りを忌避している動きもあるのですが、私は販売もしくは消費者の立場に立つと、それほど目くじらを立てて嫌うものではないと思っています。確かに特徴的な香りではあるのですが、オイリーさ、滑らかさを彷彿とさせる香りで、ペアリングにおいてもオリーブオイルを垂らしたサラダやカプレーゼにはとても相性が良く、ペアリングのポテンシャルも広げてくれます。他の香りをマスキングしてしまうほど強いものは確かによくないですが、リースリングのアイデンティティとして受け入れられてもよいのではないかとも思います。

Cellar Door Aoyamaではドイツ、アルザス、オーストラリア、ニュージーランドなど各国のリースリングを取り揃えています。ぜひ一度ご覧ください。今度リースリングをお飲みになる時は、是非ビンテージとクロージャーに注目して味わってみてください。
≫当店のRieslingのワインはこちら

参考文献:
https://news.wine.co.za/news.aspx?NEWSID=29944
J. Hixson, Y. Grebneva, Neele Glameyer, K. Vollmer, Cory, Black, M. Krstic, M. Herderich: Shedding light on the modulation of key Riesling aroma compounds in changing climate
Cory Black, Leigh Francis, Prue Henschke*, Dimitra Capone, Samantha Anderson, Martin Day, Helen Holt, Wes Pearson, Markus Herderich and Dan Johnson: Aged Riesling and the development of TDN

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