ペトリュスの黄金期を築いたクリスチャン・ムエックス。カルトナパ「ドミナス」に続く集大成プロジェクト「ユリシーズ」
今回入荷したユリシーズは、ペトリュスの名声を築いた偉大なワインメーカー、クリスチャン・ムエックスが手掛ける新進気鋭のナパ・ヴァレーのワイナリー。ナパではすでにドミナスの圧倒的な成功が知られていますが、ドミナスで培った知見を惜しむことなくつぎ込み、ナパワインの新たな1ページを刻もうとしています。
ペトリュスの名声を築いた巨匠クリスチャン・ムエックス
クリスチャン・ムエックスはボルドー右岸のネゴシアン、ジャン・ピエール・ムエックスの2代目。ジャン・ピエール・ムエックスは1943年よりペトリュスの専売権を獲得した後、1969年には買収し、クリスチャンは醸造担当のジャン・クロード・ブロエとともにペトリュスの黄金期を築きました。
クリスチャン・ムエックスによるナパワインプロジェクト、ドミナスのファースト・リリースは1983年。修士課程をカリフォルニア大学USデービス校で過ごしていたムエックスは、ヨーントヴィルのテロワールにほれ込み、ここでワインを造ることを決断します。ペトリュスのオーナーが手掛けるナパワインは元々高い評価を受けていましたが、ここ2000年代後半からはワイナリーの更なる快進撃が続き
-2008 Man of the Year (Decanter)受賞
-Wine Advocate 100pts (2010 2013 2015 2016)
等、今ではナパのカルトワインの一つと言われるまで成長しています。
更なる理想のワインを追求するユリシーズプロジェクト
ドミナスのプロジェクトが成功する一方で、もう一つのプロジェクトが進行していました。2008年、ナパヌック・ヴィンヤードのすぐ近くにある畑を購入し、それが後のユリシーズ・ヴィンヤードです。この畑では全面的な改植をすすめ、ドミナスで培ったノウハウを全てつぎ込んだ、クリスチャン・ムエックスの集大成ともいえる畑を目指しています。
ユリシーズという名前はギリシャ神話の英雄オデュッセイアの英語名です。トロイア戦争に参戦したオデュッセウスが10年という長い年月をかけて故郷へ帰還する物語。道中、海神ポセイドンなどの強敵や女神カリプソの誘惑といった様々な苦難が彼に襲い掛かりますが、故郷に帰るというヴィジョンを持ち続け、見事に妻の待つ故郷へと帰還を果たす、というストーリーになっています。その初志貫徹な姿勢にインスパイアされたクリスチャン・ムエックスが、このユリシーズを名付けました。この英雄のように理想のワインを追い求め続けることが、ユリシーズのコンセプトです。このワイナリーのキーワードは「適熟」そして「ドライファーミング」。気候変動を続けるナパの地で、この先も偉大なワインを造り続けられるよう新しい試みが数多くなされています。
Ulysses Vineyard
ドミナスの位置するナパヌックヴィンヤードからほど近いユリシーズ・ヴィンヤードですが、ナパヌックはヨーントヴィル、ユリシーズはオークヴィルとAVAは分かれ、気候や地理的条件も異なります。
ユリシーズヴィンヤードはナパのより奥地に位置しているため、ナパヌックヴィンヤードよりも冷たい海風の影響が弱まります。夏の気温も4℉(2℃近く)程暖かくなるそうです。更に地下水の条件も大きく異なります。ユリシーズヴィンヤードは西のマヤカマス山脈の麓に位置し、沖積土の表土が厚く、その下に山から流れる地下水が豊富に存在しています。この地下水がワイナリーの一番重要な農法、ドライファーミングにおいて重要な役割を果たします。
「適熟」を目指して…。畑の全面的な改植
2008年夏にこの畑を購入した当初、畑にはカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ等が植わっていましたが、全て抜根し新たに植え替えを行いました。ユリシーズはカベルネ・ソーヴィニヨン主体のワインですのでカベルネ・ソーヴィニヨンまで抜く必要はなかったのですが、それでも全てブドウ樹を入れ替えた理由は、近年地球温暖化によりブドウの過熟と干ばつが問題になるナパの地において「適熟」と徹底した「ドライファーミング」を目指すためでした。
畑の向き Orientation
ナパに限らず一般的にブドウ畑では北-南にかけて列を作ります。これは東と西の日を当てることでブドウへの日当たりを最大化する、ヨーロッパにおけるセオリーです。ナパの多くのワイナリーが、伝統的に良いとされるこの方法を踏襲しているのですが、この地においては過熟の原因になりかねません。ユリシーズでは東-西にすることで、日当たりを最小化し、ブドウの適熟に有利な方向に調整しています。畑の向きを変える必要があったため、カベルネを含め全ての樹を抜く必要がありました。
2.ドライファーミング Dry Farming
ナパのような温暖で乾燥した地域では、ブドウの生育期にはほとんど雨が降らないため、灌漑が必須です。しかしユリシーズではあえて灌漑を行わない、ドライファーミングに挑戦しています。灌漑の問題点は、地表にしか水が届かないため、根の成長が地表に向けて折り返す「J」型に成長してしまい、土壌から水や栄養を吸収しなくなること。本来ブドウの根は地中深くまで張ることにより、水分やミネラル分を吸収し、それがブドウのクオリティにも表れます。また土壌中細菌と根を介した共生関係を築くことで、ブドウ樹の健康が保たれます。しかし灌漑に頼りきった栽培を続けると、ブドウ樹の本来の力を制限してしまう結果になってしまうのです。
ユリシーズ、ドミナスを兼任しているワインメーカー、トッド・モステロは語ります。
「ブドウ樹は植えてから8年が根の成長期で、この期間で根の長さや形が決まる。私はこの期間をブドウ樹の幼児-青年期(Infancy-Adolescent Period)と呼んでいる。この期間をできるだけ灌漑をせずドライファーミングで育てることにより、根を地中深くまで張り巡らすことができる。ドミナスでもドライファーミングを行っているが、山の麓により近いユリシーズヴィンヤードではより地中深い場所に地下水が流れているので、ドライファーミングによりさらに深く根を張った、偉大なワインが生まれる可能性をこの畑は秘めている。」
3.ダブル・ダブル・ギィヨ Double-Double Guyot
枝を4つに分けて伸ばす新しい仕立て方で、モステロはダブル・ダブル・ギィヨと呼んでいます。ブドウを上方向、放射状に展葉し影をつくることで、ブドウを強い日差しから守る役割があります。
4.カバークロップ Cover Crops
ブドウの畝間に下草を生やす手法ですが、ユリシーズにおいてはブドウ樹の樹勢をコントロールする役割を果たしています。
ナパにおいては冬~春の期間に雨が降りますが、その中でも葉が萌え出す春先に雨が降ることを生産者は嫌います。春先の雨により、水を吸った樹は必要以上に葉を茂らせてしまいます。葉はブドウの影をつくる重要な役割がありますが、ブドウの水分も葉から蒸散していくため、過度な樹勢は乾燥する夏の水分ストレスを助長する結果となるのです。ユリシーズでは春先に雨が多く降った時、カバークロップを生やします。カバークロップがブドウ樹に代わり土壌中の水分を吸収することにより樹勢を抑え、乾燥の厳しい夏にブドウ樹を水分ストレスから守ってくれるのです。
"It doesn't need to be complicated to be complex." Tod Mostero, winemaker
ドミナス、ユリシーズのワインメイキング全般を取り仕切るのが、トッド・モステロ。彼はボルドーでワイン造りを修めた後、シャトー・オー・ブリオン、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ、ネゴシアンのジャン・ピエール・ムエックスで働いた後、バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドやアルマヴィーヴァでの経験を経て、2007年よりドミナス・エステートで栽培・醸造のディレクターを務めています。トッド・モステロはブドウの適熟に徹底的にこだわります。彼の偉大なワインの定義として、良いものは必ず良いブドウから作られる、と言います。
「よく最近のワインの造り方で、複雑な味わいのワインを造るため、早く収穫する区画と遅く収穫する区画を分けてブレンドする、などという手法を聞くが、私はそれに魅力を感じない。本当に複雑で偉大なワインは、たった1粒の極上のブドウからのみ生み出される。それを求めて我らは畑に向き合うべきだし、複雑なワインを造るために煩雑なことはする必要はない(It doesn’t need to be complicated to be complex.)」
極上の一粒を求め続ける姿勢は、まさに初志貫徹のユリシーズの名にふさわしいですね。
Ulysses 2016 テイスティングノート
今回入荷したのが、ユリシーズの2013, 2014, 2016ヴィンテージ。特に2016年はトッドのいうブドウ樹の青年期が終わった樹齢8年のものです。
Ulysses 2016 Tasting Note
バランスと複雑さに満ちたヴィンテージ。完熟したブラックチェリー、カシスジャムにドライにしたスミレ。ユーカリの葉、セージ、ローズマリーといったドライハーブに黒コショウや山椒、リコリスなどのスパイス、コーヒー、バニラ、タバコ等幾層にも重なった厚みのあるアロマが一枚ずつヴェールがはがれるようにグラスから立ち上ってきます。
味わいは黒系果実の香りが広がる充実したアタック。まだまだ力強さのあるタンニンですが、角が取れたようにこなれており、旨味も感じられ味わいの充実感は素晴らしいです。余韻に広がるタバコやコーヒー、カシスジャムのアロマが、ワインの世界観をさらに押し広げています。
まだ樹齢8年とは思えないほどの味わい深さは、やはりドライファーミングの恩恵なのでしょうか。いずれにしろ若樹とは思えない奥深い味わいです。
ナパの次のカルトワインとして知られる日もそう遠くないでしょう。今回入荷した3ヴィンテージはどれもナパの未来を感じられるワインです。是非クリスチャン・ムエックスの集大成のワインをお試しください。