全房発酵の効果

written by Bungo Matsunaga

ワインの味わいはテロワールから生まれるもの。ワインが原料のブドウから直接造られる以上、他のお酒に比べて土地の個性を映す側面は強いですが、栽培・醸造には様々なテクニック・選択肢があり、実際は人の営みと土地が絡み合ってワインが造られます。テロワールという言葉は「風土」とも訳されますが、まさに土地だけでなく、そこに根付く人も含まれることを示す良い訳ですね。今回はその醸造のテクニックの一つ、全房発酵についてのお話です。
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除梗技術の隆盛
全房発酵の前に、その対義語的存在である除梗について。現在、通常のワイン造りにおいては、除梗と呼ばれる作業が存在します。これは収穫したブドウからブドウの果実の部分だけを分離し、その後のワインに用いる作業です。こうすることで、果実のピュアな味わい、アロマを引き出せるといわれています。昔のワイン作りにおいてはこの除梗はされておらず房のままワインを仕込むことが一般的でしたが、除梗を積極的に取りいれ品質が向上し、多くの生産者に影響を及ぼした生産者として、アンリ・ジャイエ(1922-2006)が挙げられます。ブルゴーニュの巨匠と呼ばれるジャイエには、メオ・カミュゼやエマニュエル・ルジェなど名だたる生産者がおり、除梗はブドウのピュアな特徴を最大限に引き出す一つの答えとして、世界中で普及している技術です。ところが、除梗によるワインが普及した今、伝統的なワインメイキングを堅持もしくは復興させる生産者や、全房発酵のメリットに着目し、新しいワインの表現を求める生産者などが、全房発酵を取り入れたワイン造りを実践しています

全房発酵とは
全房発酵とは、除梗をせず、ブドウを房のまま梗の部分と醸すことで、、以下の効果あると言われています。
・タンニンを滑らかにする
・アルコールを吸着する
・発酵温度を調整しやすくなる
・青い香りが付与される
タンニンについては、果梗からタンニンが放出される、という生産者もいるようです。果梗は緑の状態から、木化して茶色くなった状態まで熟し方が様々なので、果梗の状態にもよるようです。除梗をしたワインは、発酵の温度が上がりやすく、発酵が早く進みアルコールの分解も早く進んでしまうことがあるようなので、梗を入れることによって発酵をコントロールできる側面もあります。ワインに滑らかさや、香りの複雑さをもたらす効果があります。


カーボニック・マセレーション
このカーボニック・マセレーションという現象は、全房発酵を行っている生産者であれば、多かれ少なかれブドウに起きている現象です。ボージョレ・ヌーヴォーは、極端なカーボニック・マセレーションを行っている生産者として有名です。この技術は、全房のままのブドウを発酵タンクに入れ、中を二酸化炭素で充てんしたまま放置する、という技術です。ワインメイキングにおける発酵、というものは酵母によるアルコール発酵を主に指しており、この酵母はブドウの果皮の周りについている野生酵母や人が加えた培養酵母を指します。ブドウが房に付いている状態では、この酵母がブドウジュースに触れることができず、アルコール発酵は始まりません。代わりにブドウの中にある酵母が反応をはじめ、イチゴやバナナといった独特のフレーヴァーを生み出したり、果皮の色を抽出したりします。これがカーボニック・マセレーションという技術です。ブドウの中の酵母が働くのであれば、ブドウが樹になっているときにこの反応が起こらないのか、という疑問を持つ方がおりますが、空気中では酸素を使って呼吸という代謝をしています。ここで大切なのは二酸化炭素で充てんすること。これにより呼吸が絶たれることで、この反応が始まるのです。

セミ・カーボニック・マセレーション
この醸造法をもう少しライトにしたものが、「セミ」がつくこの製法です。方法はよりシンプルで、大きな発酵槽に、房のままのブドウを入れ込み、そのまま放置するだけ。カーボニック・マセレーションとの違いは、二酸化炭素を充てんするかどうかのみです。これにより、発酵槽の下の方は、自重によりブドウがつぶれ、一部のジュースが漏れ出ます。その漏れ出たジュースでは酵母によるアルコール発酵が始まり、アルコールと二酸化炭素が放出される。それにより発酵槽下部が二酸化炭素で満たされ、一部のブドウでこの反応が始まることを指します。これによってほんの少し、アロマの中ではかろうじて嗅ぎ取れる程度のチャーミングな香りがするようになります。ただ、先述のカーボニック・マセレーションが二酸化炭素を用いて意図的にこの反応を誘発しているのに対し、この製法は「セミ・カーボニック・マセレーションを狙って出しています」というよりは、ブドウを房ごと自然酵母で仕込むような、伝統的なワイン造りをしているワイナリーに多く、伝統的なワイン作りを実践した結果、セミ・カーボニック・マセレーションが起きているようだ、という風に捉えている生産者が多いでしょう。

除梗してからの梗との発酵
全房発酵においても、カーボニック・マセレーションの効果を求めず、シンプルに梗を入れることのメリットを享受しようと意図する生産者もいます。それはつまり、除梗を行ってから発酵槽に梗だけを入れる、という方法です。ブルゴーニュの生産者にこれは多く普及しているように感じます。

伝統保持による全房発酵

一言に全房発酵といっても、それを採用するにあたっては、様々な理由があります。最初の除梗についての話にありました通り、除梗機が普及するまでは、全房発酵がワイン造りの当たり前でした。伝統的なワイン造りを堅持する生産者の中では、伝統の一貫として全房発酵を古くから実践し続ける生産者もいます。ドメーヌ・ジャメはその代表格といえるでしょう。トップ・キュヴェのコート・ロティ・コート・ブリュンヌは全房発酵100%です。

よりよい品質を求めての全房発酵

部分的に全房発酵を採用することで、よりよい、バランスの優れたワインを造るという試みは多く為されています。ニュイ・サン・ジョルジュのティボー・リジェ・ベレールやソミュール・シャンピニーの優良生産者のドメーヌ・ボビネは30%程の全房発酵を採用し、ワインに深みや滑らかさを与えています。

哲学としての全房発酵

また、生産しているすべての赤ワインに全房発酵を用いている変わった生産者が、オーストラリア・ヤラ・ヴァレーのメイヤーです。ピノ・ノワールはもちろんのこと、サンジョヴェーゼ、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロにガメイなど、全房発酵するのが珍しい品種まですべてのワインを全房発酵で造っています。もはや、全房発酵というものが使命であるかのようにどのワインにも使っており、この生産者のワイン造りの哲学ともいえます。特にこの生産者のカベルネは、一般的なカベルネと比べて、タンニンが滑らかになっており、果実の香りはジャムのように高い熟度を持っているにも関わらず、爽やかなグリーンな香りが出ており、アルコールも重くなく、あまり経験のないカベルネ・ソーヴィニヨンのバランスが感じられ、全房発酵の効果がまじまじと感じ取れます。

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