スーパータスカンの歴史

written by Bungo Matsunaga

中部イタリアの銘醸地トスカーナ。ワインだけでなく中世ヨーロッパの舞台ともなった地ですが、この地の代表的なワインといえば、キャンティ・クラッシコです。現在のキャンティ・クラッシコの規定は以下の通り。
・サンジョヴェーゼ 80-100%
・推奨・許可品種の黒ブドウ20%まで
この推奨・許可の品種には全部で49品種が含まれており、その中にはカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シラーをはじめとした国際品種があります。これらの品種はこの地に元々植えられていたものではありませんでした。そして必ずサンジョヴェーゼを主体としたブレンドワインであり、サンジョヴェーゼ100%のものは許可されておらず、これまで幾度もの改定がなされてきました。この法律の変遷はまさしく、ワインの国際市場をも巻き込んだ、キャンティを巡る論争の歴史そのもの。この記事ではキャンティ・クラッシコの歴史と、それにまつわるワインたちを紹介します。

リカーゾリ男爵が発案したキャンティのFormula

画像引用:The original Chianti “formula” translated.(https://dobianchi.com/2020/08/05/white-grapes-tuscan-wine/

Chianti Classicoのアペレーションが確立したのは1870年前後のこと。後に2代目イタリア共和国の首相まで務めたベッティーノ・リカーゾリ男爵が決めたといわれるFormulaがこちら。
サンジョヴェーゼ70%
カナイオーロ 20%
マルヴァジア 10%
当時は今のキャンティの主要品種だけでなく、ガメイなどそのほかの品種も多く植わっており、1840年からこの地に適した品種と配合はどれなのかを試した結果生まれたブレンドのようです。この時書き記したといわれている原文を英語に訳した記事があり、それをさらに日本語に訳したものがこちらです。

ベッティーノ・リカーゾリ “鉄の男爵”からチェザーレ・スツゥディアッティへ
1872年 9月26日

1840年代前半から、全てのブドウ品種の実験を始めた。それぞれの品種をまとまった量、ブローリオのワイナリーで栽培した。我々の目標は、それぞれのブドウから生まれるワインのスタイルと質を見極めることである。

これらの実験の末に、ブドウの品種を優良と思われるものにさらに絞り、サンジョヴェーゼ、カナイオーロとマルヴァジアをブローリアに限定して育て始めた。1867年には、今一度この3つの品種を用いてワインを造ることにした。それぞれの品種別に大きな容器でワインを造り、それらを一つの容器内に、正確な比率でブレンドした。

昨年の3月末、実験は終了し、私はこの結果に満足している。ワインもその後テイスティングした。

この実験の結果をまとめると以下の通りだ。
サンジョヴェーゼがワインの第一アロマを与え(私が最も重視しているものだ)、ワインに確かな活力を与える。カナイオーロは甘みとバランスを与え、前者の持つタイトで厳しい味わいを、第一アロマを損なわない範囲で緩和する。但し、この品種自身も特有のアロマを持っている。マルヴァジアは、熟成を前提としたワインに対しては用いない方がよく、香りにさらに要素を足し、ワインに軽やかさをもたらし、デイリーワインとして相応しい特徴を与える。


ここで重要なのは、男爵自身も、のちに論争の火種となるマルヴァジア(白ブドウ)については、熟成向けの質の高いものに関しては用いるべきでない、と認めているところです。それから100年余りが経った1966年。リカーゾリ男爵の発案したFormulaに基づきキャンティの規定が決まりました。
サンジョヴェーゼ 50~80%
カナイオーロ 10~30%
マルヴァジアないしトレッビアーノ 10~30%
しかもこれらはワインのブレンドでなく、栽培家の作付け比率だったので、栽培家が畑に何を植えるかを指定する強引なものでした。その後、キャンティは質よりも量の時代が訪れ、サンジョヴェーゼは多産のクローン、そして白ブドウも多くブレンドするものが出回り、かなり色の薄いキャンティが出回るようになり、キャンティの品質に対する評価は厳しくなりつつありました。質にこだわる生産者の中では、特に白ブドウをブレンドしなければならない、という規制に関しては反発が大きかったようです。そんな中、現行法に反対する意味も含めて、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シラーなどよりフルボディで骨格のある品種を植え始める生産者が現れ始めます。それらは伝統あるキャンティの地で育てられたブドウであるのみ関わらず、国際品種をブレンドしているがゆえにキャンティを名乗れず、Vino da Tabla、つまりテーブルワインとしてしか売ることができませんでした。これらのテーブルワインが各ワイン評価誌で高い評価を得るようになると、いよいよそれらのワインは、トスカーナのワインを超えた品質、という意味で「スーパータスカン」と呼ばれるようになりました。イゾーレ・オレーナではカベルネ・ソーヴィニヨン主体のワインも作られていました。

1984年、1995年の法改正
それらを受け、イタリアでもキャンティにも国際品種をブレンドできるように法改正が進みました。1984年の新しい法律では、
サンジョヴェーゼ 90%まで
非伝統的品種 10%まで
マルヴァジアないしトレッビアーノ 5%まで

いまだ白ブドウが使われることになっていましたが、その比率が減ったことと非伝統的品種、つまり実質的に国際品種を指すのですが、これらが10%まで使用が認められました。1995年にも法改正が行われ、今度は
サンジョヴェーゼ 80%-100%
非伝統的品種 15%まで

というほとんど今の形まで変更されています。ここでは
・白ブドウをブレンドしなくてもよくなったこと
・国際品種の使用可能比率がさらに高まったこと
・サンジョヴェーゼ100%のワインがキャンティを名乗れるようになったこと
この3つが画期的でした。ワインの質の追及の証である国際品種の使用の他、この地の伝統的品種であるサンジョヴェーゼをピュアに表現するシングルヴァラエティのワインにも、その名が冠されることとなりました。サンジョヴェーゼ100%のワインの代表的銘柄の一つに、Cepparelloがあります。

Cepparello



もう一つの国際品種の動き-サッシカイア誕生-
今述べた国際品種導入の動きは生産者とイタリア当局との、ワインの質を巡る論争でしたが、もう一つトスカーナの地に国際品種の定着を決定づけた生産者がいます。テヌータ・サン・グイドのつくるサッシカイアです。

このワインもカベルネ・ソーヴィニヨン85%、カベルネ・フラン15%(このセパージュをリリースから今まで採用し続けています)の国際品種のワインであり、スーパータスカンのワインを語る上で欠かせない存在ですが、設立の経緯が上記とは異なります。1944年、キャンティから離れた沿岸地域、ボルゲリの地に居を構えていたマリオ・インチーザ・ロッケッタ侯爵は、戦争によりワインをフランスから入手することがかなわなかったがために、同じ貴族仲間であるラフィット・ロスチャイルドからブドウ樹を譲り受け、ボルゲリの地に植えました。そこからワインを自家用に作り続けたものが評判を受け、1968年にリリースされたのがサッシカイアです。白ワインをブレンドする法律が発令されたのが1966年ですので、まさしく国際品種が話題になるタイミングでした。そして1978年のデキャンタ誌でのテイスティング記事で、ボルドーの名だたるワイナリーを打ち負かし高評価を得て、ここでスーパータスカンの名を獲得しました。1985年のヴィンテージは、イタリアワインで初めてパーカーポイント100点を取り、その名は世界中のワインラヴァーの知るところとなりました。誕生の背景が貴族の「戦火の中でもボルドーワインを飲みたい」という願望だった点で、上述の諍いとは距離を置いていますが、間違いなくこのワインもトスカーナの地における国際品種導入に影響を及ぼした生産者です。その後1970年代後半にマリオ・インチーザの甥、露(土)ヴィーゴ・アンティノリがオルネライアをリリースし、スーパートスカーナと呼ばれるワインはキャンティを超える国際的地位を手に入れたのです。

リカーゾリ男爵の功績

画像引用:The original Chianti “formula” translated.(https://dobianchi.com/2020/08/05/white-grapes-tuscan-wine/

キャンティの歴史を語る時、リカーゾリ男爵が白ブドウを混ぜるFormulaを発案したことによってキャンティの質や地位は一度落ちた、とする論調もあるのですが、上述したように侯爵はそもそも熟成用のワインには白ブドウの使用は勧めていませんので、それを白ブドウを多く使うと拡大解釈し、量を生産する方向にかじを切った生産者側に非があるように思えます。むしろ当時はサンジョヴェーゼ=キャンティというイメージも全くついていなかったようです。ガメイなども植えてあった当時の状態から今まで続くアイデンティティを見出した、という点で男爵はキャンティの祖として偉大といえるのではないでしょうか。

参考:
The original Chianti “formula” translated.(https://dobianchi.com/2020/08/05/white-grapes-tuscan-wine/)

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